不安


「さっきのヤツ…もしかして跡部?」
都大会の帰り道、深司は神尾に尋ねた。
「ああ。ムカつくから知らないフリした」
神尾の不貞腐れた横顔をちらりと見ながら深司は話を聞いた。

「だってよう…桃城には名前聞いたくせに俺の名前は聞いてねえって言うんだぜ?」
「…それ…前に聞いた」
だけど本当に知り合いって程じゃないし…と言いながら神尾は笑った。

おそらく、跡部が言葉を返せなかったから、せいせいしたのだろうと深司は推測してみる。
特別な感情はないだろうけど苛立つ。
ふう…とため息一つすると神尾はどうしたと深司の顔を覗き込んだ。



「…神尾って…お子様…」
「んあ?どーゆー意味だよ」
「別に」
言うつもりなんかないのに言葉が勝手に溢れてくる。
「だってさ…話聞いてるとさぁ、神尾から名乗ったんでしょ?ただの目立ちたがり。ほら椅子の上に立ってまで先生に当ててもらおうと思ってる子供みたいだよ。自己主張だけ一人前のお子様は困るよね…跡部だっけ?神尾みたいな奴を相手するヒマなんかないんじゃないの?…神尾だってあんなの相手するヒマがあるならもっと別なことすればいいのに…」
「…………」
神尾は何も言わない。
ただ地面を見つめながら歩いていた。

そう、神尾に八つ当たりしただけ。
嫉妬したから。どんな形であっても、自分以外に目を向けないでほしかった。
別に神尾を信じていないからではなく、想いが強すぎるから、いつでも自分だけを見ていると証明してほしいのだ。
それは、深司の身勝手なことだけど。
深司自身もよく分かっているけれど。
「…神尾が他の奴意識するなんてイヤだなぁ」
深司はぼやいた。



神尾の右手が深司の左手にするりと絡みつく。
「俺さ、深司のこと好きだぞ…他の誰よりもずっとずっと好きだぞ?」
悲しそうな顔をした神尾、神尾の瞳に映る自分はもっと悲しそうな顔をしていた。
不安なんだ。神尾が離れてしまうんじゃないかと。
深司にとって神尾の存在は眩しかった。
誰にでも向けられる笑顔、深司とは全く違った存在。
そんな神尾が大好きなのに、いつからかそれが不安にすり変わっていたのだ。



「神尾は…俺のこと…どれくらい好きなの?」
もし他の人たちと同等だったらと考えると怖かった。
かすれた声がひどく頼りない。
深司は情けないなと心の中で苦笑した。

「これくらい好きだよ」
小さいけどはっきりと答えた神尾は、ぎゅっと深司を抱きしめる。
「ううん…これだけじゃ足りない。もっともっと大好きだ」
本当に子供じみた言葉と表現だが、深司の不安を優しく溶かしていく。



「深司は好きでいてくれてる?」
神尾の背に手を回し、答えた。
「好きだよ。神尾が思ってるよりもずっとね」
「んなっ、俺だって深司が思ってるよりずっとずっと好きだかんな!」
むきになって言い返す神尾。

「俺のほうが、ずーっと!」
声がハモってしまい、二人はお互いを見ると吹きだした。
「そーだ、今度どっか行こうぜ。たまにはそーゆーのもアリじゃねーの?」
「ふーん。神尾でもそんなこと言えるんだ」
「うっせえ!たまにはって言ってんだろッ!決めた、来週の日曜日行くからな」
自分でも珍しいことを言ってるのが分かってるらしく、神尾は真っ赤になりながら言った。





「神尾と一緒ならどこでも良いよ」
繋いだ手から伝わる温かな体温、深司は嬉しそうに手を握り返した。





2002.7.26

 

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