アクロバティック同好会


「ムーンサルト!」
身軽にクルクルと回転する向日の横で忍足は肩を震わせながら笑った。

「自分、ホンマにおもろいわ」
「なーに言ってんだよ。これが完璧なアクロバティックだぜ」
ひょいっとジャンプして忍足の傍に近付くと向日もつられて笑う。
向日を見ていて忍足はふと思い出したようにぽつりと呟いた。

「そや…青学の黄金ペアにアクロバティックプレイする奴居らんかったか?」
岳人より跳ぶ奴はおらんだろうけど、と付け加えながらまた大笑いした。
心外と言わんばかりに忍足を横目でちらりと見る。
「侑士…笑いすぎじゃねーの?バカにしてんのかよ」
「何ゆうてんねん、岳人は跳んでなんぼのもんやろ?俺、認めてるんし」
「あっそ。あ…話が戻るけどさ、アクロバティックプレイする奴は菊丸って名前だけど、それがどーしたんだよ?」



「あそこの黄金ペアって俺らと似てると思わへん?」
向日はよくよく考えてみる。確かにアクロバティックの菊丸に、視野の広い大石。
確かに向日と忍足のダブルスもそれに近いと思う。
「でもよ、大石のサポートはともかく、菊丸のアクロバティックは中途半端だよ。ムーンサルトくらい出来ないと俺は認めないぜ」

向日のムーンサルトはある意味テニスを超えていると思ったが、忍足はあえて口にすることを止めた。相づちをしながらラケットを仕舞い始める。
「あれ、侑士もう止めんの?」
「自主練はこれで終わりや。今から青学に行かへん?黄金ペア見とうなったわ」
向日に「早ようボールを拾うてな」と言いながら、さっさと落ちているボールを拾い始めた。









青学のテニスコート。向日と忍足はフェンス越しに覗いた。
普通ならたくさんのテニス部員が居るはずなのに今日に限って居なかった。

「居らんなぁ…まさか青学も休みか?」
ばりばりと頭を掻きながら忍足はぼやいた。向日はフェンスにへばり付いたままだ。
「どしたん岳人?」
忍足は顔を覗き込んで見るが、何の反応も起こさない。
向日の視線の先を追って見る。
そこには居ないと思っていたテニス部員が二人居た。自主練かと思いながら忍足も一緒に眺めた。





「ほいよっ」
タマゴのような髪型の人がボールを打ち、もう一人が猫のような動きでそれを返す。
なかなかのもんやなぁと感心している忍足の隣で向日がぼそりと呟いた。
「菊丸…」
掴んでいたフェンスがガシャリと音を立てる。
「あの二人が大石と菊丸なん?」
向日は忍足の質問さえ耳に入らない。

「いい動きするな…でもまだまだアクロバティックとは言えないぜ!」
怪しげな笑いを漏らしながら突然向日が走り出した。
「おい、岳人っ!」
向日を止めようとしたが、時は既に遅し。大石と菊丸のところに突っ込んで行った。





「んえっ、何なんだにゃ〜」
「君、部外者は立ち入り禁止なんだけど…」
大石の注意をよそに向日はビシィっと菊丸に指を突きつけた。
「お前のアクロバティックは甘いッ」

向日が何言ってるのか分からず目が点になる大石。菊丸はぼーっとした顔をしていたが真面目な顔をして一言。
「人に指差しちゃいけないんだぞ!」
普通そんな所にツッコミ入れるんじゃないだろ!?大石は心の中で涙を流しながら叫んだ。



「自分、ナイスボケやな。普通、誰とかツッコむんとちゃう?」
ああ、この人は普通の人だと大石はホッとする。
忍足は大石に向かってにっと笑った。

「自己紹介まだやったな。氷帝の忍足や」
「俺は向日だ」
ワケの分からない決めポーズをする向日を見た黄金ペアは、同時にラケットを落とした。



「あ、俺は大石でこっちが菊丸です。あの…どんな用件で?」
何とか平然を装おうとしているが、笑顔が引きつるのを抑えることは出来なかった。
(ポーズ変だよ…というか…あの髪型、誰かに似てる)
必死に思い出そうとしている菊丸は思いっきり向日を凝視していた。
その視線に気付いた向日は菊丸に話しかける。





「アクロバティック仲間として言うからなっ!」
「……何?」
いつの間に仲間になったんだろうと思いながら、おそるおそる言葉を返す菊丸。
「菊丸、空を跳びたいと思わないか?」
「うーん…飛べるんなら飛びたいけど」



菊丸は向日の「とぶ」の意味を間違えて答えてしまったようだ。
満面の笑みを浮かべ、頷く向日の姿が何故か恐ろしいと感じたのは、これから始まる事態を察したのかもしれない。

「ちゃんと見てろよ?これがムーンサルトだ」
そう言うと向日は助走なしでムーンサルトを決めた。大石と菊丸は唖然としている。
「岳人、上出来やな」
ペアの忍足から言わせれば今までにないほど完璧だったらしい。







「なぁ…向日は何部?」
「テニス部」
即答で返された。
(…テニスというか体操にしか見えないじゃん)
菊丸は大石のほうを見ると、大石もそう思ったのか困惑の表情を浮かべていた

「お前なら出来るッ」
「!?」
「一緒にアクロバティックを極めようぜ!」
異常なまでに爽やかな笑顔に眩暈を起こしそうになった。



「…悪いけど遠慮しとくよ」
「何でだよ!?」
ショックで思わず向日が叫んだ。

「何か…いやかなり変だし…」

「!?」

「そんなに無駄に動かなくても試合に勝てるし…」

「!!」

「お、おい英二…言いす……」
「もー怒ったからなっ!」
止めに入ろうとした大石の声がかき消された。





「絶対試合で後悔させてやるからな!帰ろうぜ侑士っ」
そう言い残すと向日はさっさとテニスコートを出て行った。
「ほな帰るんで、今度の試合楽しみにしとるわ」
忍足も向日の後を追った。



「結局何だったんだ?」
「……はぁ」
大石は返す言葉がなく盛大にため息をついた。





「ったくバカにしてんのも今のうちだけなんだからな」
向日は機嫌が悪かった。
「次の試合で俺らが上っての分からせたらええやん」
「そりゃそーだけど…あームカツク!いつか絶対認めさせてアクロバティック同好会を作ってやるんだ」

二人だけで同好会なのか…それとも人数を増やすのだろうか?
それ以前に同好会とやらに菊丸は入るのか?
忍足はそんな疑問が過ぎったが、何も言わずに頷いた。





2002.11.11

 

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